
お米と農産物先物市場
― 令和の米騒動と先物取引の意義 ―
2026-05-15
| はじめに |
|---|
| 第1章 令和の米騒動 ― 米が不足する時代に入った |
| 第2章 金融論的視点 ― 先物は資本主義の最高の花 |
| 第3章 先物取引誕生の歴史 |
| 第4章 概算金・買取り・委託販売 ― 堂島と連動する必然 |
| 第5章 常識と非常識 ― 70年の空白を埋める |
| 第6章 大正米騒動の教訓 ― 鈴木商店の悲劇 |
| 結び |
| 質疑応答 |
3-6. 遠山の金さんと闇の先物取引
後年、大岡越前守は江戸の先物関係者を呼び、「米価が上がって侍が楽になると約束したはずが、達成できていない」と叱責し、江戸での取引を禁じます。しかし一度うまみを経験した人々は、闇で続けました。それを水野忠邦の指示で探索したのが江戸北町奉行の遠山金四郎=遠山の金さんです。どのようなテーブルで、何人が出入りしているか、どんな金が動いているかなど詳細に報告書が残っています。
ところが処罰はありませんでした。闇の先物取引が行われていた場所が、徳川御三家の江戸屋敷だったからです。将軍家のご親戚に踏み込むわけにはいかなかった。だから江戸の先物は細々と続き、大坂堂島の隆盛との差が出たのです。遠山の金さんは桜吹雪だけでなく、経済のこともきちんと見ていた人物でした。
3-7. 格付けとランキングは変わる
米の品位区分は時代によって大きく変わります。かつて下位だった加賀米が、幕末には大関(当時は横綱が名誉称号で、大関が実質一位)にまで上がった。これは加賀藩が越後米を取り入れ加賀米を上方に出す戦略を採ったからです。
産地・年次・銘柄の格付け表がなければ、生産現場は判断できません。堂島取引所は現在、1本の平均指数を出していますが、今後は格付けの目安を整備していく必要があります。
3-8. きらら397の逆転 ― 石垣島の二期作
建設的な話を一つ。北海道米「きらら397」「ゆめぴりか」は、今やランキング上位です。北海道米が一皮むけたのはきらら397の時でした。上川農業試験場(上・育397号が原種)の技師が、卓越した発想の持ち主でした。
「よその県と1年1作の同じ更新スピードでは差がつかない」と気づき、上川試験場は品種改良の原種を石垣島に植えていたのです。石垣島は日本でも珍しい2期作地帯で、半年ごとに品種更新ができる。つまり品種改良のスピードが他の倍だったのです。こうしてきらら397が登場し、後継のゆめぴりかが今では新潟米と並ぶ銘柄となりました。
命名の際、公募で一番多かった「きらら」は商標上使えず、困った末に「きらら+397」という品種番号を残した形の名前になった。秋田の「あきたこまち」などと並ぶ親しみやすい名前で、瞬く間に全国に広まりました。のちに公募による命名法は各地に広がっていきます。
第4章 概算金・買取り・委託販売 ― 堂島と連動する必然
米はいま、概算金や民間集荷で取引され、その後、卸・小売り業者間の取引に回されます。概算金は性格としては委託販売の手付金ですから、概算金を払っても所有権はまだ農家に残ります。安値でしか売れなければ「概算金の一部を返してください」と言えるのが理屈ですが、実際にはなかなかそうはなりません。
これに対し、北前船のように買取りであれば、買った者が所有者でリスクを負います。正しいやり方は、JA全農や集荷業者が概算金を出す際、堂島の米相場を踏まえてその範囲内で手付金を打つことだと思います。堂島取引所もそちらへ向かって機能を磨けば、取引は増えるはずです。
JA全農側もこのままでは立ち行かないと感じ始めており、「最低保証価格」という委託と買取りの中間を考案しています。小泉農林水産大臣が「買取りに切り替えよ」と言った際の農水省調査では、JAのうち買取りだけが15、委託販売だけが53%で250程度、両方扱うのが36ほど ― ただしこの「両方」の中には実質的に買い取っていないものも含まれており、精査が必要です。
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